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社会・全般
「ユニバーサル」街のユニバーサルデザイン
総合的な視点で街づくり/笑顔の絶えない関係を
年齢や障害の有無などにかかわらず、最初からすべての人が利用できるような街づくりで、一人ひとりを大事にする社会を目指す「ユニバーサルデザイン」の考え方が広まっている。これまで福祉分野でよく使われる「バリアフリー」を一歩進めて、最初から誰でも使えるように作っていこうという考え。宮古でも先月初めての島づくりプロジェクトとして開催され、多くの市民が参加して今後の住みよい街のあり方を模索した。
「活かす街づくり」で4人が提言
九月二十七日、市中央公民館で開催されたこのイベントは、市の地域振興課・障がい福祉課、観光協会、商工会議所、三障がい福祉施設、社会福祉協議会らが実行委員会を組織し、安心・安全の島づくり第一弾として行われた。シンポジウムや講演などであらゆる立場から、意見や提案がなされ、一人ひとりが大事にされる街づくりの第一歩とした。
オープニングは、園児たちのにぎやかな舞台発表ではじまり、市地域振興課の奥原一秀さんを司会に、精神に障害をもつ「昭人会」の四人によるトークセッションがなされた。あきとさんは「よそから来た人がいい街だと思える島に」、やすおさんは「今、実家にいるが、一人暮らしを経験する中で、多くの人とふれあいたい」、めぐみさんは「誰でも、元気で笑顔の絶えない島に」、じゅんさんは「差別をもたず、人と人とが手を取り合い、人情の厚い島に」など、島に寄せる思いを述べた。
北海道当別町でユニバーサル街づくりを実践するNPO法人ゆうゆう24の大原祐介所長は、「活かす街づくり」をテーマに講演、当別町で実際に展開している新しい街づくりへの提案を映像を通し紹介した。当別町は人口五千人の小さな町。三十年前、北海道医療大学ができ、人口の五パーセントは学生。大学が空き店舗を利用してボランティアセンターを開設、大原さんたち学生も五年前に「ゆうゆう」を立ち上げユニバーサルデザインの街を目指す。大原さんは「障がいにある人にあわせて作ったものが、実は障害のない人にとっても有益になる」と話し、さまざまな実践を通して得た成果を紹介した。
一人を大事にする社会に/それぞれの分野で役割確認
「宮古島のデザイン」をテーマにしたシンポジウムは、宮古島市社会福祉協議会の島尻郁子さんをコーディネーターに、下地徹実行委員長(青潮園)、与那覇隆さん(宮古島商工会議所)、亀川隆さん(市障がい福祉課)、奥原さん、大原さん、渡久山明さん(宮古島観光協会)らがパネラーで、それぞれの立場から、意見を述べた。その中で亀川さんは、手話通訳士らの現状を示し「買い物や病院などの付き添いボランティアとして対応している」と話し、不十分な点は、他の機関とも連携し暮らしよい環境つくりに努めたいとした。
渡久山さんは、体の不自由な観光客も増えていることから、宮古全体としての対応が望まれるとし、下地さんは、障がい者と健常者が共に暮らせる街づくりを強調。「障がい者も家に閉じこもらず、外に出て誰かと話をすることが大事。施設はそのための第三の家」と話した。与那覇さんは、商工会議所の事業を紹介し、「あらゆる側面からサポートしている。会社も障がい者を受け入れることは大事で、経営者にもその理解を求めている」と述べた。
フロアからは、障がい者の余暇活動も考えてほしいとか、災害時にどうしらよいか、病院でのコミュニケーションは、警察で保護された時どう対応するか、裁判で意思の疎通がままならず誤解された判定を受ける時など、障がい者にかかわる問題は社会の中で山積しており、これら一つ一つをどうほぐし、対応していくか、真剣な論議が交わされた。
影の立て役者、笠原静さん
北海道出身で、今年四月から「ふれあいプラザ宮古」で勤める笠原さん(二八)。講演で来島した大原さんとは、大学が一緒で一期先輩だったこともあり、今回の企画が持ち上がった時、すぐに相談を持ちかけていた。「六月中旬ころから動きだし、各機関に協力のお願いに上がった。とても共感してくれ短期間ではあったが、八月の半ばに実行委員会もまとまった。大原さんにはその旨を伝えてあったので、講演の内容もそれなりにまとめてくれた」と、舞台裏を明かす。
笠原さんは、学生のころ、沖縄本島のハンセン病施設「愛楽園」でボランティア活動を行ったことがあった。そこで、宮古にも同じ施設があることを知り、その後何度か島を訪れている。知り合いもでき、島の福祉を考えてみたいと今年三月から住むことにし、四月からは「ふれあいプラザ宮古」の職員に。
会場中に風船がぷかぷか浮いていたのも笠原さんの提案。「実行委員やパネラーにも風船を付けてもらうことで、みんな一緒だということと、参加者に祭り気分でおもしろがってもらいたいという思いがあった」と話す。