島の学びや消える/大神小中学校
住民26人「寂しい」/校舎解体が本格化
今年3月31日付で廃校となった大神小中学校の校舎解体工事が本格化した。鉄筋コンクリート造りの校舎は重機によって解体が進められている。住民26人は島から学校が消えることに寂しさを隠せない。同校卒業生で大神島で暮らす友利行雄さん(63)は「学校が消えることは寂しい」と話した。
学校沿革史によると、1933(昭和8)年5月9日、狩俣尋常高等小学校大神分教場として設置された。その後、校名を改称しながら57(同32)年4月1日に大神小学校と独立した。設置から今年で78年。一方、大神中学校は57(同)年4月1日に狩俣中学校から分離独立し、今年で54年。2008(平成20)年4月1日から児童生徒の在籍がゼロとなり、市教育委員会は休校の措置を取っていた。
休校から再開のめどが立っていないことから、廃校の手続きが取られた。鉄筋コンクリート造り校舎は老朽化が進んでいた。解体工事現場では、排出されたアルミ類や鉄類、コンクリート破片などは分別し、バージ(台船)で池間島に輸送。そこからトラックで宮古本島に運ばれている。解体工事期間は11年11月4日~12年2月15日まで。事業費は解体や海上輸送などを含めて約3000万円。
校舎跡地の再利用はまだ決まっていない。友利さんは「更地になってから、市長に新施設建設を陳情したい。これから住民とゆっくり話し合い、具体的な施設を決めたい」と話した。