組踊、観衆を魅了/華やかに「八月踊り」
仲筋で初日、きょう塩川/多良間村
【多良間】国指定重要無形文化財の伝統行事「八月踊り」が旧暦8月8日に当たる12日、3日間の日程で幕開けした。字仲筋の土原御願所の正日(ショウニツ)では、住民らが華やかな衣装をまとって出演。躍動的な踊りや優雅な舞を繰り広げ、20余の演目で大勢の観客らを魅了した。きょう13日は、字塩川のピトゥマタ御願所で正日が行われる。
八月踊りは、旧年中の五穀豊穣に感謝し、向こう1年間の豊作をあらかじめ祝う奉納祭り。呼び物の一つ、組踊は演舞、台詞、裏方の歌・三線で披露される総合芸術とされる。
字仲筋では総勢約160人が出演。「総引き」の前座では獅子舞が登場し、豪快な動作で舞台をはらい清めた。次いで若衆踊り、女踊り、勇壮な二才踊り、狂言が続いた。
観客の視線は多彩な演目にくぎ付け。カメラを向けてシャッターを切ったり、演目が終わるたびに感動した様子で拍手を送った。
クライマックスの組踊「忠臣仲宗根豊見親組」で、会場は一気に盛り上がった。この組踊は、16世紀の琉球の中山王朝が宮古島の首長仲宗根豊見親に与那国島の首長鬼虎を征伐させ凱旋するまでの史実を劇化したもの。
仲宗根豊見親とともに参戦し絶世の美女とされる姉妹「オーガマ」「クイガマ」の優雅な立ち振る舞いなどが観客を引きつけた。組踊の上演時間は2時間余り。
伊良皆光夫村長は「八月踊りは、多良間村民が誇る伝統芸術。村民にはしっかり引き継いでいく使命があり、今後は後継者育成に力を入れたい」と意欲を示した。
八月踊り 本来の名称は「八月御願(うがん)」。毎年王府に年貢を完納したことから各御嶽で完納祝いの祭事が行われ、神前で踊りが奉納されたのが始まりとされているが、起源の年代は定かでない。多良間では旧暦の8月8~10日に開催され、1637年から宮古、八重山で課されるようになった人頭税を納め終わった「皆納祝い」として、来る年の豊年を願い神前で奉納踊りを行うようになったとされている。