牡丹社事件、和解描く/平野さん 「マブイの行方」出版
下地市長に贈呈
ノンフィクション作家の平野久美子さんがこのほど、「牡丹社事件 マブイの行方 日本と台湾、それぞれの和解」(集広舎発行)を出版した。琉球民遭難殺害事件(1871年)と台湾出兵(74年)の二つの事件を子孫や現地の人など関係者からの取材記録を「和解」を中心にまとめたもの。平野さんは28日に来島し、下地敏彦市長に本を贈呈するとともに、2021年は宮古島の人たちが台風で遭難し、台湾に漂着した年から150年の節目になることから、宮古と台湾双方の交流を検討してほしいと要望した。
「牡丹社事件」は、宮古島民の乗った船が首里王府に年貢を納めた帰り、台風で遭難し台湾に漂着。乗員69人のうち3人は水死し、残り66人は原住民族、パイワン族の集落である高士仏(クスクス)社に助けを求めたが、双方の誤解が重なり54人が殺害された。
屏東県の公園内にある説明板には「武器を持った66人の成人男性が部落にやってきた」と記述されていたが、遺族らが「先祖たちが原住民から正当防衛の末に殺されても仕方ないということになる」などと訴えたことから「武器を持った66人」という記述部分は削除された。
牡丹社事件をめぐっては、2005年6月に台湾から訪問団が来島。双方が謝罪し、未来志向の友好を築いていこうと提案し「和解」が成立した。
「マブイの行方」には、「愛と和平・和解の旅」のメンバーの5日間の行動や、当時の伊志嶺亮市長ら平良市側の対応などを詳細に伝えているほか、事件の一部始終、末裔(まつえい)の葛藤、原住民から見た事件などを関係者のインタビューを通して現在の視点から眺め、宮古と台湾の対立する主張を互いに譲歩し合う「心の和解」をつづった。
平野さんは「雨降って地固まるともいわれる。屏東県でも事件を洗い直して間違いは訂正しようという活発な動きがある」と述べ、交流を通して、改めて未来志向の関係を築いていくことを呼び掛けた。
下地市長は「書かれた本を読み、事件を検証してみたい」と話した。
市議会一般質問で牡丹社事件の説明板の誤りを指摘し、市に現地調査を求めた前市議の垣花健志さんが同席した。