行雲流水
2012年4月26日(木)8:54
社会構造
学校現場で先生方が異口同音に指摘する生徒(高校生)の姿がある。服装身なりなど外形のことではない。例えば校庭作業の終了時使った道具をそのままその場に放置して平気で引きあげる行動
▼同じく校庭の分担区域の作業時うっかり紙くずを拾うよう指示するとその通り紙くずだけきれいに拾い集める。空き缶や枯れ枝等が散乱していても紙くず以外は避けて拾わない
▼「一を聞いて十を知る」「打てば響く」という他に思念が及ぶ類推思考がいちじるしく欠乏したそんな生徒がどの学年にも10人中6~7人は確実にいるというのである
▼気をきかせて目に触れるごみすべてを拾い集める生徒はまさに特例で一握りのようだ。この理解しがたい対応は親や家庭のしつけ不足だけでは説明がつかないと年配教師はため息をつく
▼大量生産→大量消費の時代が遠い彼方にあったころ生活必需品は大なり小なり人の手によって生み出されていた。そして人々は生み出す過程における生産者の汗と苦労を間近に見てとることができた
▼しかし時代は汗をかかない機械が労なく短時間でことごとく生産してくれる機械文明社会へと推移した。こんな時代に生まれ育った生徒たちは人の苦労より動く機械を見てきている
▼作業に励む人々を見て心中「ご苦労さん!」とねぎらった往年と異なり物体でしかない機械に感謝の気持ちが生まれるはずはない。「他への気配り欠落は社会の構造が生み出している」年配教師の無念な結論である。