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旧暦:10月23日 友引 辛 
行雲流水
2015年3月28日(土)8:55

「権利の濫用」(行雲流水)

 春分の日を境に前後3日間の7日間を春の彼岸という。今年は3月21日が春分の日で、その前後18日から24日までの彼岸もあけた。当たり前に廻りくる季節だ。庭先で群れて一斉に薄紫の花を咲かせて楽しませてくれたリュキュウコスミレは爪の間に嵌(はま)るほどの小さな種子を開いて見せたが、今はその種の莢と花や種子を育てた葉が残るだけだ。その葉も夏になれば枯れてしまう

▼季節感の薄い宮古島であっても野の草や庭木は季節の移ろいを楽しませてくれる。それは海であっても変わらない。磯から少し離れた岩にはアーサが春を告げる。浅い砂地の波の下やサンゴ礁にはいろいろな海草がそだっていることだろう

▼人は大昔から季節の移ろいに合わせて暮らしを立ててきたはずだ。今では記憶の彼方に消えてしまったが、スツの時期ではなかったか。農作業を始める季節でもあったと記憶している。畑にマータをたてヘラやクワなど農具を添えて豊作を願うささやかな願い行事であった

▼この時期、海岸にでてアーサのほかにシナを採るのは庶民の暮らしのなかで短い季節の変化を楽しみながら自然の贈り物を食卓に載せる喜びもあった

▼季節の短い変わり目の海岸でアーサを採る年老いた2人の婦人にアーサを採ったらダメだと警告する役人のなんと無粋なことか。漁業権の侵害だということだが、漁業権と言われて納得いくものなのか

▼法律で保障された権利であっても、権利の行き過ぎは批判の対象になる。法令規則での権利保障は社会の慣習・信義を超えるものではないはずだ。漁協組合はそのことを忘れないでほしい、と思う。

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