戦時中に造られた壕見学/郷土史研究会
植物園周辺に散在
宮古郷土史研究会(下地和宏会長)の5月定例会が16日行われ、市熱帯植物園とその周辺にある、戦時中に造られた地下壕群を見学した。同研究会が戦後70年にちなんで進めてきた企画。
下地会長は「普段はなかなか見られないし、行かないところだと思う。きょうはしっかり見学し、壕の形態などを確認してほしい。この見学を機に、70年前に思いを馳せると共に、これからの日本を考えるきっかけにしてほしい」とあいさつした。
一行15人は、同研究会事務局の久貝弥嗣さんの案内で、植物園北側にある壕を見学した。この壕は1944(昭和19)年に日本海軍第313設営隊の本部として使われていたとみられている。
44年、敗戦色が濃厚となり、南の防衛が必要とのことから宮古島を基地化する動きが出た。米軍が上陸して来た際に迎え撃つ砲台を構築するため、同年9月に設営部隊約500~600人が宮古島に上陸したといわれている。
下地会長は「植物園周辺は樹木が多い。そこを選んで壕を掘ったのは、上空からは発見されにくい立地だからではないか。この壕を設営隊の本部として、島内随所に砲台を構築してたとみられる」と話した。
この日見学した壕は壕群の中でも最大規模とみられており、総延長は約500㍍。床に枕木をはめた痕跡が残る発電室や空気孔がある小部屋らしき空間がみられる。