子が他人の欲求を阻害している行為をコントロールする力を子につけてあげることが、親の大切な責任である
日本親業協会親業インストラクター 福里盛雄
1 人間の社会は、種々の欲求を持った人々で構成されています。
社会は、種々の欲求を持った人々で構成されていて、各人自分の欲求を充足して、幸せな人生を過ごしたいと思っています。従って、各人が自分の欲求充足のみを考えて、他人の欲求充足を邪魔した場合は、そのような社会は健全な幸せな社会とは言えないのです。
その社会に住む人々が幸せに生きるためには、協調性が要求されます。協調性のない者は自己中心の人であり、自己中心性の強い人は、社会生活という共同社会では孤立し、楽しい社会生活をすることは大変困難であります。その人の生涯は不幸だったと言えます。
親は、子が楽しい幸せな社会生活を築いていけるように、子供が他人との協調性を十分に発揮できるように育てる義務がある。その力を持った子に育てるのは、子の育児に責任を負っている親の大切な責任であります。では、自分の行為が他人の欲求充足の阻害要因となっていることに気付いた場合に、親はどのようにして、その行為を自らコントロールする子供に育てることができるでしょうか。
2 親業でいう「わたしメッセージ」が、その力を持った子に育てる効果を発揮する。
例えば、父親が疲れて帰宅して、一休みしようと横になっているのに、子がそばで大きな音を出してテレビを見ていて、父親はなかなか休めないで精神的に困惑している。
この場合は、一眠りしようという父親の欲求が、そばで子供が大きな音を出してテレビを見ている行為によって邪魔されていることになります。
この場合に、一般の父親の言うことは、次のいずれかです。
①「テレビの音を小さくしなさい」と言う。
②父親が自分でテレビのスイッチを切る。
③お友達の家に行って見てきなさい。
④テレビは後で見なさい。
父親の子に対するこんな言い方では、親は一方的に子に子のやるべき行為を命令したり、指示したりしています。子は自分で問題解決の方法を考え出すチャンスを失っています。
親は、子の行為によって親の欲求が阻害されている場合、阻害している行為を具体的に指摘し、その行為によって親の具体的欲求がどのように阻害されているかを、はっきりと子供に伝えなければなりません。
この場合、父親は「私は疲れているので、一眠りしようと思っているのに、あなたが大きい音を出してテレビを見ていると、一眠りできないよ」と言った方が良いのではないでしょうか。
そう言えば、子は自分の行為が父親の迷惑になっていることに気付くと同時に、その行為を止めなければいけないと考えます。そして、どうすればよいのか、それに対する解決策を考え出していきます。そのようにして、子は創造性豊かな子に育っていきます。
子供は、父親の一眠りしたいという欲求に気が付かなかった自分の失敗を通して、人は各人異なる欲求を持ち、その充足のために、ぞれぞれの生活を営んでいることを理解するように成長していくのではないでしょうか。
今日の子供たちの中に好ましくない行為をしているのは、幼少から親が、子供が問題課題に遭遇したとき、それがどのように他人の欲求を阻害しているかに気配りする習慣を習得させ、自分で解決の方法を考え出す力をつけてやることが、親の子育てにおける大切な責務だと考えます。そうすれば、今日の社会における子たちの問題行為も少なくなるでしょう。