04/30
2025
Wed
旧暦:4月3日 赤口 己 
社会・全般
2017年2月21日(火)9:06

元米空軍レーダー技師が50年ぶり来島/宮古島で知人探しの旅

約50ぶりに宮古島を訪れたレイニーさん=20日、平良下里の宿泊先

約50ぶりに宮古島を訪れたレイニーさん=20日、平良下里の宿泊先

 沖縄が日本に復帰する前の1964年1月から65年1月まで、上野野原の米軍第623航空警戒管制中隊第1分遣隊(当時。現在の航空自衛隊宮古島分屯基地)で、レーダー技師として勤務していたバゼル・G・レイニーさん(73)=米国ミシガン州在住=が、約50年ぶりに宮古島を訪れている。

 レイニーさんは「同分遣隊に勤務していたとき、宮古島の人たちはとても友好的でオープンだった。何人もの知人、友人ができたが、自分も若くて経済的な余裕もなかったため、音信が途絶え、名前も今は覚えていない人が多い」と話し「当時の思い出は人生の大切な一部なので、できれば再会できる人がいればうれしい」。

 レイニーさんは23日の午前中には宮古島を離れる。「当時の交流などに心当たりのある人は、連絡をしてほしい」と話している。連絡先は民泊している東野加代子さん(電話090・1556・1920)。

 基地に勤務していた当時は「レイニーさん」と呼ばれることが多かったという。「基地内食堂では5人ぐらい、女性が働いていた。そのうちの1人の名前は『ミチコ』だったと記憶している。また基地警備も5人ぐらいいたと思う。よく話しもした」と当時を語る。

 レイニーさんは東野さんと一緒に、当時の写真や記憶を頼りに、よく通っていた市内の店などを巡っているが、当時の面影はほとんどないという。

 レイニーさんは64年に滞在した時の話として「キンジョウ」という警察官がいて、酔っ払いを見事に取り押さえたことがあった。警察の仕事をしていた「ジュンコ」という女性がいたと記憶している。「その家に上司とともに食事に呼ばれた。家の人は英語をほとんど話せなかったが、非常に親切だったこと。灯油や炭を使って料理していたことを覚えている」と、語った。


記事の全文をお読みになりたい方は、宮古毎日新聞電子版のご購読をお勧めします。
まずは2週間、無料でお試しください。

無料試読お申込み

すでに購読中の方はログイン

カテゴリー一覧

観光関係

2025年4月23日(水)9:00
9:00

多良間島、3部門で上位/マリンダイビング大賞

「初めて行きたいエリア」1位/スキューバダイビング専門ウェブサイト   【多良間】年間125万人が利用するスキューバダイビングの専門ウェブサイト「マリンダイビングWEB」が発表した「マリンダイビング大賞2024」の年間ランキングで、多良間・水納島が「…

2025年4月16日(水)9:00
9:00

今年105回の入港予定

クルーズ船、昨年の2倍/平良港   今年一年間に平良港への入港が予定されているクルーズ船の回数は105回で、昨年の52回の2倍になることが那覇港管理組合クルーズ寄港予約管理システムのまとめで分かった。今年は1月1日の「コスタセレナ号」(11万4261…

ID登録でパソコン、タブレット、スマートフォンでお手軽に!