行雲流水
2018年8月23日(木)8:54
【行雲流水】(高倉健と中国)
文化大革命という〝冬の時代〟が終わった中国で、解禁された最初の外国映画。それが高倉健主演の「君よ憤怒の河を渉れ」だった。約1億人の中国人が「目からウロコ」の心地で観たという
▼濡れ衣を着せられた検察官(高倉健)が逃亡し、冤罪(えんざい)を晴らすために孤独な闘いを続ける-追いつ追われつのサスペンス活劇だ。日本では〝娯楽もの〟だが、中国の多くの著名人が「生きる力をもらった」と語る
▼高倉健は、優しさを内に秘めた寡黙な硬骨漢を演じている。当時の中国では、待望の人物像だったようだ。主人公に限らず、「先進国」日本の人民の等身大の生きざまや生活の豊かさに衝撃を受けたという
▼当時は、天安門事件があった直後。故周恩来総理を偲ぶ供花の撤去をめぐり学生と警官が衝突した事件だ。閉塞感がただよっていた青年層にとって、夢と希望をかきたてられる映画だったようだ
▼やがて、「経済の改革開放政策」に乗じて民主化運動のうねりが生じ、第2次天安門事件が起こる(1989年)。死者は約1万人ともいわれる民衆対当局の大衝突事件だ。この事件を契機に「民主化運動の弾圧方針」が採択された。一党独裁と市場経済の両立という中国の今の路線は、この時代に敷かれている
▼中国の古希世代は、青春時代にこの映画を観た世代だ。習近平総書記を崇める今の風潮に、毛沢東時代の陽炎が立つのを見ているにちがいない。高倉健が逝って3年。1本の映画が中国社会に及ぼした衝撃波を反芻しつつ、盂蘭(うら)盆を迎える中国人は少なくないのかもしれない。(柳)