行雲流水
2012年1月30日(月)22:26
回顧録(行雲流水)
回顧録は、かけがえのない個人の生きてきた貴重な記録であるとともに、ひとつの時代を証言するものとして、社会的に重要な意義を持つ。精神科医療一筋に歩んできた真喜屋浩氏の回顧録『初一念一筋に』は、そのことを強く認識させる
▼わが国の精神科医療のあるべき姿を求めてきた関係者たちの努力は大きい。特に沖縄では慢性的な精神科医師不足というハンディを抱えた中で、献身的に情熱を傾けてきた人々の姿があった。本書は、自らの体験と膨大な資料を駆使して記述された「精神科医療史」としての内容も持っている
▼戦前、精神障害者は放置されるか閉じ込められるといった悲惨なものであった。戦後は、入院させて治療することになるが、その形態も閉鎖から可能な限り解放へと向かってきた。今日では、精神障害者も障害者として福祉の対象になっている。その流れの根底に、世界の人権意識の高まりと、医療技術の向上があったことは言うまでもない
▼知る人ぞ知る。真喜屋氏は立志伝中の人である。高校生のとき、青雲の志を抱いて東京の高校に転校、学力格差等の壁を幾つも乗り越えて、慶応大学医学部を卒業した。ときに、32歳であった
▼学位論文は「沖縄の一農村における老人の精神疾患に関する疫学的研究」である。地域住民の幸せに寄り添う姿勢はその他の諸活動でも一貫している
▼一見愚直にもみえるが、初志を貫く不屈な生きざまと、精神医療の世界から射してくる「人権思想」高揚の歴史が、読む人を感動の世界に誘う。