境界線②/粟國 雅博
私見公論63
さて、中国との漁業協定については相当な不満もあるが、これから本格的に協議されるであろう日台漁業協定について一言申し上げたい。
日本政府と台湾当局は漁業協定締結に向けて1996年から2009年まで過去16回の協議会が開催されたが、いまだ合意に至っていない。合意できない理由は、互いが主張する尖閣の領有権が根底にある。日台双方の排他的経済水域(EEZ)の主張が尖閣諸島を含む海域で重なるため、操業する海域について互いの意見が折り合わないからだ。台湾当局は2003年に尖閣諸島を含む海域を含めた「中華民国経済海域暫定執法線」という境界線を日本政府との協議なしに指定した。日本政府は認めていないが取り締まりなどの強硬策には出ていない。
毎年、宮古島北方海域(宮古島と尖閣諸島の間)には4月ごろから多数の台湾鮪はえ縄漁船が操業をはじめる。春先から初夏にかけてこの海域は、古くから有数の鮪類漁場であり、県内漁協に所属する船舶のみならず、日本の全国の鮪漁船の漁場である。台湾当局が「暫定執法線」を唱えてから多くの台湾鮪はえ縄漁船がこの海域で操業するようになった。漁場が重なる県内の鮪漁船は台湾漁船と交わることで高価な漁具の紛失や切断、台湾漁船による取り囲みなどの嫌がらせを避けるため、おのずとこの海域から遠ざかりつつある。自国の海域で外国船をなぜ取り締まらないのかわれわれ漁民には理解できなかったが、最近少しずつ分かってきた。台湾の行政機関で日本の水産庁や海上保安署に当たる台湾海岸巡防署のホームページに次のような内容の記載があった。
「日台協議が達成する前において日本側が主張する海域とわが方が主張する海域のEEZ内で、日本側がわが国の漁船を追い出すのなら本署も暫定執法線内で操業する日本漁船を追い出す」このようなことが記載されていれば、弱腰の日本側が手を出すはずもない。さらに日本側は、先島周辺では暫定執法線を超えて領海付近で操業する台湾漁船でさえも厳しく取り締まっていないのではないかと勘ぐってしまう。
なぜそこまで譲る必要があるのだろうか。相手国にもあきれるが日本側の対応にもあきれかえる。われわれ漁民には懸念する事案が他にもある。中国側は台湾に対し、尖閣諸島の領有権について、対日本への共闘を働きかけているらしい。実際に台湾側は「日本政府が暫定執法線を認めなければ台湾船も中国国旗を掲げて操業する」と話している。共闘を阻止したい日本側は台湾が主張する操業範囲を安易に認めてしまうのではないかと考えられることが懸念する事案である。
中国と締結した「日中漁業協定」をそのまま当てはめてしまうような情報も聞こえる。「日中漁業協定」のようにわれわれ漁民の意見に耳を傾けずに協定を結ぶのではないかと危機感を抱いた沖縄県漁業協同組合連合会と沖縄県漁業協同組合長会が東京で今年の2月25・26日の両日に関係各省庁や関係団体へ安易な妥協を受け入れないよう要請を行った。3月13日には途絶えていた17回目の日台協議会に向けた準備委員会が開催された。どのような話し合いになったか末端のわれわれにはまだ知らされていない。われわれは漁業協定を結ぶことには反対しているわけではない。当事者であるわれわれのような小さな存在である漁民の意見も積極的に取り入れ、当事者であるわれわれにしっかりと説明できる協定を結んでもらいたい。当事者は日本政府ではない。当事者はわれわれ漁民である。