【私見公論】地下ダムを守りましょう/西田 研
はじめに
転勤暮らしが自分に合わないことに気づいた私は、宮古島に移住し農業を始めました。なぜ、農業を始めたのでしょうか。それは母の影響のようです。私が生まれたころに戦後の食糧事情が好転し始めましたが、お米は不足していました。母は裏山を開墾し、イモを植えることを思いつきました。造り酒屋の長女だった母には初めてのことだったそうですが、イモを収穫したときは大喜びをしたそうです。この思い出を話すとき母は輝きます。私の心の奥に生まれた農業への憧れは、大学を選ぶときや会社での仕事に少なからず影響を与えたようです。国内外の農業開発事業を経験し、厳しいことは十分に分かっていましたが、収穫の喜びを手に入れるために露地野菜を作り、JAのあたらす市場に出荷しています。
農業の未来
宮古島市の農業は、世界一の地下ダムが完成し、さらに増設が進められ水無農業からかんがい農業へと発展しています。地下ダムの恩恵はサトウキビ、施設園芸および畜産等におよんでいます。私も受益者の一人です。しかし、将来には大きな問題が待ち受けていると思います。
(1)TPPとサトウキビ
TPPという貿易協定が農業の将来を不安にしています。すべての参加国が協定を批准するとサトウキビの栽培は事実上不可能になると思います。多くの土地改良事業も中止になるでしょう。サトウキビ栽培が不可能になれば、農家は水管理費を負担できなくなり土地改良区は地下ダム等の管理ができなくなります。マンゴーや施設野菜の面積は少なく維持管理費を全額負担することは不可能です。水無農業に戻るのでしょうか。私は農業の楽しみを奪われたくありません。宮古島市は沖縄県やJAおきなわと連携し「サトウキビ」を守る運動を強力に進めていただきたい。
サトウキビの栽培を継続発展していくうえで気になることがあります。高齢化と機械装備費用の大きさです。関係機関が一体となってサトウキビ栽培収穫作業を受託する農業法人組織を創設することを望みます。この組織が核となって集落の人口減少を食い止めることができればうれしいのですが。
この場合、受託組織が年間を通して作業を継続できるように輪作に適する経済作物を選定し、栽培技術の確立と商品化を行い販売することが重要になります。サトウキビの後にゴマや日本ソバ、輪作として宮古大豆や麦類を栽培し商品化することが求められます。ソバの栽培技術は宮古総合実業高校で確立したようです。今春は島内で白いソバの花が見られました。ソバの花は美味しい蜂蜜にもなります。麦類や大豆は歴史に学べば良いと思いますが品種選定作業が必要です。県内にも学ぶべき技術がありそうです。収穫にはコンバイン、保管には冷蔵庫、製品化には製粉機等が必要です。収穫したものは原材料として販売するだけではなく、地産地消するための製品開発を同時に行う必要があります。地粉から作るパスタ、ピザ、宮古そばなど製品開発が急務です。北九州にはラーメン用の麦があるそうですが、宮古島そば用麦があっても楽しいと思います。宮古島市の農業振興会においては関係機関を動員して柔軟な発想による農業発展計画を策定することを期待します。
(2)「糖質ゼロ」に象徴される砂糖離れ
テレビで見かける食品の宣伝には、砂糖の消費を抑制するものが非常に多いこのごろです。ジュース、アルコール飲料、乳製品、お菓子は糖分を抑えたものが主流のようです。統計によると各国の砂糖消費量は経済の発展と逆に減少するもののようです。世界の砂糖生産輸出国や輸入国の経済が発展すれば国内消費が減り、砂糖の国際価格は下落します。さらに砂糖代替製品の開発普及が砂糖の国際価格を低下させるでしょう。この大波に立ち向かう取り組みを考え実行できるでしょうか。テレビのコマーシャルを見ていると「今の人は食べたいけど太りたくない」ことに縛られているのかと思います。極端な主張には、たんぱく質だけで十分だというものもあります。人間の身体は何万年もかけて作られたものです。その過程を無視した食生活は間違っていると思います。本当の砂糖の味を楽しみ、食べ過ぎない、飲み過ぎないで健康に暮らしたいものです。
西田 研(にしだ・けん)1949年生まれ。青森県むつ市出身。72年岩手大学農学部卒業。同年農地開発機械公団採用。国内の農業開発事業(宮古島の地下ダム建設等)、海外農業開発調査・実証調査等に参加。ニジェール国農村開発省アドバイザー。96年退職し宮古島に移住。天然資源の一つであるススキを活用した農業を展開中。