【私見公論】草むしりからの気付き/仲間 明典
先日3年2カ月ぶりに畑の草むしりに行った。なぜ3年ぶりかと言うと、3年前妻に脅迫されて、夏、朝6時、雨具(雨は降っていなかったが)をはおって、手袋をはめ、さっそうと畑に入った。15分後脱水症状で車でくたばった。妻は想像を超える怠け者だと私を罵倒した。勇敢な私はその3日後、同じように畑に入った。15分後、また脱水症状に見舞われた。2回目はポカリを飲んで回復するのに6時間かかった。
それ以来の大自然との語らいである。
大地にどっかと座ってシロバナセンダン草をむしる。しばらくすると太陽が上がった。陽が射すと一気に畑の湿気が飛んで、カミキリや蜘蛛が出始めた。太陽の力はすごい。あんなに離れているのに、地球や太陽系に光や熱を届け続けている。そのおかげで命が誕生し、ホモサピエンスは知恵をもらい、宇宙を知ることができた。同時に太陽のエネルギーが水素爆発であることを知り、残念なことに地球が将来太陽に飲み込まれてしまうことも知ってしまった。私の大好きな草むしりは後2億年ぐらいしかできない。つまり後2億年もすると地球には生命が存在できなくなる。完全な無機質の世界しか存在しない。
ところで、アメリカの次期大統領にトランプが決まった。地球温暖化対策に影響が出そうな気配である。八重山のサンゴの95%が白化現象を起こしているという。待ったなしである。
隣国韓国は朴大統領の未曾有の汚職関連問題で揺らいでいる。中国の天津大爆発が実は習近平の暗殺未遂事件であったとのこと、シリア問題、南スーダン、等々宇宙規模で生命が脅かされている中で、いったい何をしているんだ人類は。
だいぶ飛躍したが、結論は「気付き」である。気付きだけで実行に移さなければ意味がないが、生きるのに業や欲は必要であるが、そこから人が生きていくという矛盾が発生し共存せざるを得ないのだろうが、私が言うまでもないが「気付き」に必要なのは学習であり、教育である。
諸賢周知のことであるが、今、伊良部では小中一貫教育学校「結の橋学園」の建設計画が進められている。
概略は、これまでの小学校、中学校を新しい形で一貫化するという新しい試みで、これまでの小学1年生から4年生までを学びの基礎をつくる前期、5年生と6年生、中学1年生「7学年」は、学びを広げる中期・活用期、中学2年生と3年生は学びを深める後期と位置づけ、これまでにない県内でも初めての試みである。
分かりやすい話がこれまでの小学校、中学校という概念とは異なる新しい義務教育のシステムを試みましょうということで、文科省も推奨しているシステムである。
その県内初の試みの一貫校の基本計画が宮國教育長を核にした教育委員会のスタッフの努力で先日策定された。
これまでの学校教育との大きな違いは、小学校1年生からの英語教育の実施と小学校における一部教科担任制、乗り入れ授業の導入である。他にも異学年交流、9年間の系統性・連続性があげられる。
教育に大事なのは目標とそれを引き起こした感動、そして、その原点である「気付き」であろうと思う。人類の明るい未来は、健全な「気付き」以外にない。
結の橋学園が学ぶ子供たちに素晴らしい「気付き」を与えてくれることを期待する。
草むしりながら気付いたことだが、命いぶく地球、本当に大事なものは何か、気付いてほしい。
幸い、その日は熱中症にはならなかった。