宮島小が閉校/47年の歴史に幕
式典開催 希望胸に涙の別れ
昨年4月から休校となっている宮島小学校・幼稚園の閉校式典(主催・市教育委員会)が25日、関係者を招き同校体育館で行われた。1971年の開校から2016年までに403人の卒業生を輩出した同校は47年の歴史に幕を閉じた。式には卒業生や地元住民らも多数訪れ、閉校を悲しみながらも新たな地域活性化に向けた同校の跡地利用にも期待を寄せていた。
あいさつで下地敏彦市長は「閉校となるが、同校の教育目標である『自ら進んで頭と心と体を磨く子』の精神は受け継がれていくと思う。地域の皆さんにはこれからも『子どもは地域の宝』と位置づけ、世界へ羽ばたく人材として成長できるよう支えてほしい」と述べた。
宮國博教育長も「同校がこれまで築き上げてきた輝かしい歴史と伝統は決して消えることなく、語り継がれていく。委員会としても島尻地区の子供たちがこれからも未来を開き、たくましく生きる力を育んでいけるよう支援していきたい」と告示した。
そのほか、島尻自治会を代表して宮良保会長が「本校は閉校するが卒業した403人が各方面でめざましい活躍をしていることが最大の誇り。集落から学校が無くなる寂しさはあるが跡地で、近い将来に面影残る姿で必ず有効活用出来ると確信している」とあいさつした。
最後の入学生を代表して、昨年度まで在籍し、現在は狩俣小学校に通う新垣楓華さん(2年)が「良いことがいっぱいあった宮島小が大好き。この学校の良いところを狩俣小のお友達にも教えたい。いつまでも宮島小のことを忘れないで頑張っていきたい」と、力強く述べた。
校旗返納では、最後の校長となった宮川悟15代校長から宮國教育長に校旗が返納された。
同校は昨年、当時在籍していた児童6人のうち、3月で卒業する6年生3人を除く在校生3人の保護者から、転校を希望する申請書が提出されたことを受けての休校となった。
休校となってからは、島尻自治会から再利用計画が市教委に提出され、廃校手続きを前倒しで調整するよう求められていた。
同校の休校期間について市教委では当初、3年間を予定していたが、同自治会からの要請を受け、今年4月1日をもって廃校とする手続きを進めてきた。
宮島小は1959年、平良教育区立狩俣小学校宮島分校として児童数70人、教員2人体制で開校。71年に平良市立宮島小学校として独立した。2016年度までに403人の卒業生を輩出している。