太平洋戦争時の概略報告/市教委文化財係
遺跡分布調査で中間結果
市教育委員会主催の宮古島市内戦争遺跡分布調査中間報告(下地地区)が28日、市民約20人が参加して、下地公民館で行われた。市教委生涯学習振興課文化財係の久貝弥嗣さんが4月から6月まで行った聞き取り調査や下地町誌などの資料からまとめた調査結果の中間報告をした。その中で、下地地区の太平洋戦争時下の状況の概略を報告した。久貝さんは、下地地区の調査を進めており、新たな情報などがある市民は提供してほしいと呼び掛けている。
久貝さんは下地地区全体の戦時下の状況を▽陸軍飛行場▽学童疎開-の2点とその他として▽犠牲になった徴用大工▽対空戦闘住民被害-に分類し、それぞれの項目についての中間報告をした。
陸軍飛行場については中飛行場(旧下地村野原と川満にまたがる地域)と西飛行場(同与那覇と洲鎌にまたがる地域)の建設で用地の接収が行われ、接収規模は中飛行場が地主数117戸、西飛行場が地主数68戸に及んでいたことを報告した。
強制接収にあった西飛行場周辺の住民は「当時25戸程度であった皆愛部落は、与那覇、上地や他町村に、わずかな立ち退き料で追われるように、住み慣れた土地を離ればなれに散っていった」などの証言も得られている。
学童疎開の内訳は、平良第一国民学校15人、同第二国民学校20人、下地国民学校44人の合計79人が疎開したなどの当時の状況が記されている。
また、与那覇、上地、洲鎌、嘉手苅、川満と来間の戦時下の概況も述べられている。
この事業は文化庁の「市内遺跡発掘調査等」の国庫補助事業で2017年度に城辺と上野地区、18年度に下地、伊良部地区と19年度に平良地区を調査する。城辺と上野地区についてはすでに報告書が発行されており、下地、伊良部地区については今年度中に発行される見込み。